戦艦ドミニオンは、白い戦艦ホワイトベースと共に地球圏を航行中である。
時刻は午前四時五十分。空は未だ暗く、太陽の光が射し込む気配すらない。
ドミニオン隊所属、オペレーターのニコル・アマルフィは自室で就寝中であった。半舷休息の休息側なのだ。さらに索敵等もホワイトベースと時間を決め、分担して行なっている為、休憩時間は本来与えられるものより多少長くなっている。
規則的な寝息を立てて眠るニコルとは対照的に、まるで死人が如く、音一つも立てずに同室の布団で寝ているのはシャニ・アンドラスだ。
ニコルのことを気に入った彼は、自室を与えられたにも関わらず、こうしてニコルの部屋で生活している。もっとも、シャニは寝ていることが圧倒的に多いのだが。
そんな二人が眠る部屋に、蒼白い光が飛び散った。
間もなく、爆音にも等しい轟音が響き渡って、ニコルはパッと飛び起きた。
「シャニ! シャニ、起きてください!」
すぐさまベッドから降りて、床の布団で寝ているシャニの体を揺する。しかし眠りの深いシャニを起こすのは、至難の業だ。
ニコルは彼が愛用するアイマスクをひっぺがして、再び大声で呼びかけた。
「シャニ! シャ、うわあ!」
ピシャーン、と叩きつけるような音がして、一瞬部屋中が蒼白く染まる。ニコルは震え上がって、声を裏返した。
何なのだ、これは。敵方の新兵器か?
「シャ、シャニ……敵襲です! 起きてください!」
「寝かせろよ………うぜぇなぁ…」
ようやくシャニが反応を示したが、眉間にしわを寄せて、口を歪めている。思い切り機嫌が悪そうだ。だがこれを好機と見たニコルは、一気に彼を起こしにかかった。
「起きて、敵襲なんですよっ!」
シャニのシャツの襟首を取っ捕まえて、勢いで持ち上げる。
その衝撃にパチリとシャニが目を覚ますと、また地面がガオンと音を立てた。
「うわっ! な、なんて兵器…!」
ニコルは忌々しげに呻くと、まるで木の枝のような形をして降り注いでくる光を、窓越しに見つめた。
そんなニコルに釣られたように、シャニも窓の外を見遣った。
ゴロゴロゴロ…、と地面が唸りをあげている――。
「……なんだ。雷じゃん」
ぽつりと、シャニが抑揚のない声で言った。
「か、かみなり?」
「そ。雷。知らねぇの?」
「知りません……威嚇用兵器なんですか?」
「ハァ? マジで言ってんだ?」
ニコルに掴まれたまま宙ぶらりんになっていた上半身を、しっかり自分の意思で保たせる。
ぽかんと呆けているニコルに、シャニは首を傾げながら、なんともおぼろげな説明を始めた。
「天気だよ、雷って…。晴れとか雨とか、あるだろ」
「天気…ですか。あれはどうやって発生してるんでしょう」
「地球に聞けば」
なんとも無気力なシャニらしい返答に苦笑しながら、ニコルは小さく肩をすくめた。
地球という場所は、ニコルにとって馴染みのない場所だ。恐らくほとんどのコーディネイターがそうだろう。
常にのしかかる重力、予定を裏切る空模様、全てが「自然」で出来ている。
「シャニは、ほとんど地球にいたんですよね」
「お前はコロニー暮らしだろ」
「ええ。ないんですよ。雷」
ニコルは窓際に近寄りながら言った。雷が鳴っていない今は、真っ暗でほとんど何も見えない。目が多少慣れてきた分、山が重なりあう光景だけは確認出来た。
「なあ」
「はい」
「コロニーには晴れと雨しかないの」
「あ、珍しいですね。シャニが質問するの」
「そうかな…」
ニコルは床を蹴っ飛ばして、踵を返した。宙に浮くつもりで蹴ったのを、地球の重力に捕らえられてよたつく。しっかり見ていたシャニに「ばーか」とからかわれた。
「まだ寝ぼけてんな。お前」
「…そうみたい」
ようやくベッドに戻ってきて、横になる。シャニの寝る布団が見えるように横向きになると、ニコルは掛布団を口元まで被り直した。
「大体、晴れか雨ですね。コロニーの天気って。冬になると、雪は降りますけど」
「雪は降る?」
「はい。季節を感じるため、だそうです」
「変……都合が良すぎるじゃん」
「変かもしれないですね。不便でないところだけ持ち出してきて、季節や天気なんていうの」
シャニは天井を仰ぎながら、「ふん」と鼻を鳴らした。彼なりの“同意”というサインだ。大抵の人が相づちを打ったり、返事をしたりするのに対して、このシャニは鼻を鳴らすのだった。
またピカッと空が光る。が、先ほどとは違い、かなり間が空いてから音が轟いた。
天井やその脇から、カン、カン、と何かが跳ねる音がする。
カン、カンカンカン、カカカカカカカン、と音の感覚は短くなり、音の正体は窓を伝って流れた。
「雨だ…」
「…寝ろよ。おばさんたちに怒られる」
「そうですね。…なんだか、本当に珍しい」
「地球では俺の方が先輩」
ははあなるほど、とニコルは内心で大いに納得した。
それに気付いてかは定かでないが、シャニはニタァと笑って、再びアイマスクを付ける。
「お休みなさい」
「んー」
ニコルは大あくびをして、瞳を閉じた。目覚めた時に、“先輩”に教わる新しい何かとの遭遇を期待して。